「さっき食べたでしょ」
そう言ってしまって、後から落ち込んだことはありませんか。
私は医師でも専門家でもありません。 ただ、特別養護老人ホームで15年間、利用者様やご家族様と関わらせていただいた中での経験をもとにお話しさせていただきます。
「さっき食べましたよ」が届かない理由
「ごはんまだですか?」と聞かれたとき、 つい「さっき食べましたよ」と答えてしまいます。
でも、この言葉はほとんど届きません。
覚えていたら、聞くことがないからです。
ご本人様は、本当に食べていないと思っておられます。 だから訴えているのです。
嘘をついているわけでも、困らせようとしているわけでもありません。 ご本人様の中では、それが今の現実なんです。
まず、そこを分かってあげてほしいと思います。
私が実際にしていた返事
現場で私が使っていた言葉を、そのまま書きますね。
「お腹空きましたよね。もう少しでご飯が炊き上がりますよ」
まず、お腹が空いたという気持ちを受け止めます。 そして「これから食べられる」という見通しをお渡しします。
否定から入らないだけで、表情が変わることがあります。
「今、買い出しに行ってくれているので、できるまで塗り絵しませんか?」
待つ理由をお伝えして、別のことに気持ちを向けていただきます。
塗り絵は手が動くので、待っている感覚が薄れます。 その方が好きだったことなら、何でもいいと思います。
「私もお腹ぺこぺこ。内緒でゼリー食べて待ってましょ」
これは私がよく使っていた言葉です。
「教える側」ではなく、「一緒に待つ人」になる。 内緒で、という一言があると、少し楽しくなります。
ゼリーは、お互いが安心できる方法でした
ここで少しだけ、現場の工夫をご紹介します。
水分をゼラチンで固めて、ゼリーにしてお出ししていました。
夏場や、なかなかお水を飲んでくださらない利用者様に、よく使っていた方法です。
ご本人様は「ゼリーを食べられた」。 職員は「水分を摂っていただけた」。
お互いが安心できる方法でした。
ご家庭でも作れます。 飲み物を飲んでくれない、と困っておられるご家族様には、試してみていただきたいです。
温かい飲み物をお出しするのも、気持ちが紛れることがありました。
それでも、うまくいかないことがあります
正直にお話しします。
「待ってくださいね」とお伝えして、 「待てない」とおっしゃって、激怒させてしまったことがありました。
15年やっていても、うまくいかない日はあります。
だからもし、ご家族様が同じようになっても、 それはやり方が悪かったからではありません。 その方が、そのとき本当に待てなかった、というだけのことです。
私も同じところでつまずいてきました。
待てないときの、次の手
待っていただくのが難しいときは、こうしていました。
- 食べ物の制限がない方でしたら、お菓子を少し召し上がっていただく
- 温かい飲み物をお出しする
- 食べ物に執着されている方でしたら、場所を移動する
その場から離れるだけで、落ち着かれることがあります。
移動しながら、していたこと
そして、これが一番お伝えしたいことかもしれません。
場所を移動する道すがら、私はよくお話をしていました。
昔の歌を口ずさんだり。 その方が好きだった本の話をしたり。
男性の利用者様なら、されていたお仕事の話。 女性の利用者様なら、育児の相談や、家事の悩み。
すると、たくさんの知恵を教えていただけました。
気をそらすためにお話ししていたはずが、 いつのまにか、私が教わる側になっていたのです。
ある利用者様に、私が救われた話
一つだけ、忘れられないことがあります。
当時、私は自分の娘のことで悩んでいました。 おむつがなかなか外れなくて、大きい方だけ、なぜかおむつでするんです。
そのことを、ある女性の利用者様に相談したことがありました。
その方は、こうおっしゃいました。
「その子が今はそうしたいんなら、それでいいんだよ。 トイレでおしっこできるんだから、偉い偉い」
その言葉を聞いて、はっとしました。
私は、周りの子と比べていたんです。 比べて、焦っていたんです。
それに気がついてから、焦ることがなくなりました。
そして、その言葉の通り。 ある日、娘はトイレで大きい方もできるようになりました。
認知症になっても、その方はその方のままです
認知症という診断がつくと、 「もう分からなくなってしまった人」のように見えてしまうことがあります。
でも、そうではありません。
その方が生きてこられた年月も、 そこで身につけられた知恵も、 ちゃんとそこにあります。
私は、それを教えていただきました。
今日、一つだけ試すとしたら
「さっき食べたでしょ」を、 「お腹空きましたよね」に変えてみてください。
それだけで、変わることがあります。
うまくいかない日があっても大丈夫です。 私も、たくさん失敗してきました。
焦らず、責めず、自分を責めずで大丈夫。 少しずつ理解していくその歩みが、安心の毎日につながります。
一人で抱え込まず、周りのご家族様や施設の職員に相談することも、どうか忘れないでください。
※この記事は、私が現場で経験したことをもとに書いています。診断や治療、お薬のことについては、必ず主治医やケアマネジャーにご相談ください。

コメント